失敗事例

事例名称 証券誤発注
代表図
事例発生日付 2005年12月08日
事例発生地 東京都中央区日本橋兜町
事例発生場所 株式市場
事例概要 東証マザーズに新規株式公開した「ジェイコム株」に、取引開始約30分後発行済み株式数の42倍という大量の売り注文が入りストップ安を付けた後、今度は逆にストップ高まで上昇した。みずほ証券の担当者が「1株で61万円の売り」とするところを「1円で61万株の売り」と間違って入力し注文したことがきっかけであった。この誤発注で400億円の損失額が発生した。
事象 東証マザーズに新規株式公開したジェイコム株に、発行済み株式数の42倍という大量の売り注文でストップ安を付けた後、今度は逆にストップ高まで上昇した。
経過 9:00、この日東証マザーズに公募・売り出し(公開)価格の61万円で新規に株式公開(IPO)したジェイコム株は午前9時の取引開始から、買い優勢で始まった。新規公開株式公開(IPO)人気を反映し、売り注文は少なく、順調に買い気配を切り上げる展開であった。
9:27、67万2千円の初値を付けた直後、IPOに伴う公開株式数は3000株にすぎないにも拘らず、「1株1円で61万株の指し値売り」が入った。
9:30、桁違いの売り注文を浴びたジェイコム株は急落し、ストップ安(制限値幅の下限。初値比10万円安)である57万2千円まで下げた。
9:31、「何これ?」日本最大のポータルサイト「ヤフージャパン」に設けられたジェイコム専用の掲示板に異変を見つけたコメントが書き込まれた。
9:37、約47万株と大口の売買が成立したことで、市場は「発注ミス」を確信した。間違えて売り注文を出した証券会社が買い戻したとの見方だ。「61万株を買い戻すとすれば、まだ大口の買い注文が残っている」などとネット上の掲示板ではうわさが飛び交った。
9:43、こうしためざとい個人の買いもあって、ジェイコム株は一転急騰し、逆にストップ高(制限値幅の上限、初値比10万円高)である72万2千円まで上昇した。その後はほぼ買い気配のまま売買が成立しなかった。
原因 1.直接の原因
・みずほ証券金融法人部の担当者が、中小企業からの注文を受けて「1株で61万円の売り」とするところを「1円で61万株の売り」と間違って入力し注文したことである。
・入力ミスの際にディスプレーに表示された警告画面を無視してしまった。通常証券会社の株式売買システムは、実勢価格から大幅にかけ離れた価格での注文や発行済み株式数を上回るような注文は、自動的にストップがかかるようになっている。
2.影響拡大の原因
・誤発注の取り消しを試みるが、できなかった。最初の誤発注の「1円61万株売り」は「有効な価額の下限で61万株売り」と読み替える「みなし処理」が行われ、この「みなし処理」中は取り消しが出来ないプログラムであった。
・誤発注の取り消し作業に対して、みずほ証券と東証で相手が行うべきと折り合わなかった。
・東証のマーケットセンターの責任者は売買を停止する権限がある。しかし、担当者は異常事態が発生しているのに即座に売買停止を決断できなかった。
対処 誤発注に気付いてからの対処状況を以下に示す。
9:29、みずほ証券の発注者の隣にいたアシスタントが誤発注に気づいた。発注者およびアシスタントが取り消し注文をトライするがシステムは受け付けてくれなかった。ほぼ同時刻にみずほエクイティ部に、東証で取引監視するマーケットセンターのA氏からみずほ証券に誤発注かとの問い合わせが入った。この際自分の電話番号をジェイコムの銘柄コードと間違えて連絡した。エクイティ部は、「誰か間違えた者はいないのか」と騒然となったが、同部では「犯人」は見つからなかった。
9:30、東証のA氏からみずほ証券に再び電話があり「ジェイコムの銘柄コードは2462です」との連絡があった。同じ頃、みずほ証券のエクイティ部が金融法人部の誤発注の事態を把握した。「金融法人部では売り注文を取り消せない」とエクイティ部員に告げられた。エクイティ部員の執行担当者が、東証の端末で取り消し作業に入ったが結果は同じであった。
9:35、東証の総務担当B氏からみずほ証券のエクイティ部に電話がかかってきた。みずほ側は「売り注文は間違いです、取り消し作業をやっているのにつながらない、そちら(東証)でやってもらえないか」。B氏は「無理です。みずほさんの方でやってもらわないと」と答え、やり取りは2分50秒に及んだ。この時点で、みずほ幹部が「自ら反対売買をするしかない」とジェイコム株を買い向かう決意をした。
みずほ証券は大口注文に対応できない自社の端末から、注文金額の上限のない東証の端末に切り替えて、48万株を指値買いした。
9:37、買いが465770株で成立した。
対策 1.東証におけるシステムの変更
・発行済み株式の30%超の注文を自動的にブロックするシステムを導入。
・初値が付く前の新規上場株の売買について、注文価格が公開価格の4倍(プラス幅制限値)を超えるか4分の1(マイナス値幅制限幅)を下回る場合に、注文を自動的にブロックする価格面でのチェックプログラムを導入(2006年6月~)。
2.みずほ証券における対策
・新規上場銘柄発注時に発注者以外の別の担当者による入力内容の確認。
・新規上場銘柄の初値形成前の異常注文の発生状況や大口注文状況をリアルタイムでモニタリングできるようシステムの変更と「トレード監視室」を新設。
・警告が表示された場合に、発注者以外が警告の内容を確認して、警告解除承認を行うことをルール化。また、重要度の高い警告については有資格者でなければ解除できないよう手続きを保守化。
・発注不可となる上限金額および上限数量についてシステムを変更。
知識化 1.人間は間違えるものとの前提でのシステム構築が必要である。その際は、起こってしまう最悪の結果を先に設定し、それに至る道順を逆に探る「逆演算」による検討が必要である。
2.警告は頻繁にでるといわゆる「オオカミ少年」となっていまい、無視されてしまう。
3.異常の際には、組織間を跨る対応は相手に依存し、被害を拡大する。
背景 東証では2001年にUSBウォーバーグ証券(当時)が、上場したばかりの電通株について「61万円で16株」を「16円で61万株」と間違ったり、ドイツ証券がいすず自動車株の9万株の売りを9千万株と誤って、入力するなど外国証券による大掛かりな誤発注が発生していた。USBウォーバーグ証券の場合は、市場買い付けや金融機関からの株券貸借で決済に必要な株券を調達し期限までに受け渡しを完了、ドイツ証券の場合は取引そのものが成立しなかったので、大きな被害は発生していなかった。
後日談 みずほ証券の誤発注問題で、欧州大手証券UBS証券がジェイコム株の発行済み株式総数の2.6倍にあたる3万8198株を取得していたのをはじめ、国内外の証券会社5社が大量に株を買い、13日の現金決済で合計160億円を超える利益を得たと見られ、与謝野金融相は「誤発注を認識しながら、間隙を縫って自己売買部門で取得するのは美しい話ではない」と証券会社を非難した。この発言を受ける形で、東証などの関係機関は利益を得た証券会社に対し、自主的な利益の返還を提案した結果、国内の日本証券業協会の会員50社から、株式市場安定などを目的とした「証券市場基盤整備基金」に拠出された。
よもやま話 今回の誤発注事件で、一瞬のうちに巨額の利益を得た24歳の会社役員(約5億6300万円)、27歳の無職男性(20億3500万円)の「個人トレーダー」がいたという。情報伝達の早いネット社会ならではの話である。
シナリオ
主シナリオ 不注意、注意・用心不足、手順の不遵守、手順無視、定常操作、誤操作、誤発注、非定常行為、無為、相手依存、組織の損失、経済的損失、社会の被害、社会機能不全、証券に対する不信
情報源 日本経済新聞、2005-12-09
http://www.dir.co.jp/research/report/viewpoint/06011601viewpoint.pdf
http://ja.wikipedia.org/wiki/ジェイコム株大量誤発注事件
http://www.mizuho-fg.co.jp/release/data/pdf/data/20060120.pdf
被害金額 400億円
社会への影響 東京株式市場の信頼損失
備考 事例ID:CZ0200714
分野 その他
データ作成者 張田 吉昭 (有限会社フローネット)
畑村 洋太郎 (工学院大学)