失敗事例

事例名称 流水プール、吸い込まれ事故
代表図
事例発生日付 2006年07月31日
事例発生地 埼玉県ふじみ野市
事例発生場所 市営流水プール
事例概要 市営流水プール(図2)で、小学2年生の女児が吸水口に頭から吸い込まれて死亡した。事故は吸水口の柵状の蓋が外れていたにもかかわらず、監視員や現場責任者がその危険性を理解せす、営業を続けていたために起こった。
事象 市営流水プールに遊びにきていた小学2年生の女児が同級生に近づこうとしたらしく、潜って泳いでいた。吸水口に近づいたのに気が付いたアルバイトの女性監視員が、「近づくな」と叫んだが、女児は頭から吸水口に吸込まれてしまった。女児は吸水口から約5m先の吸水管の中で見つかり、事故発生から約6時間後に病院へ搬送されたが死亡が確認された。
経過 1986年に旧大井町の公営流水プール(図2)が建設された。吸水口の取り付けは、施工業者が現場でそれぞれの蓋に穴を開け、その穴に合わせて取り付けの壁に穴を開けていた(図3、図4)。
2001年に厚生労働省は、遊泳用プールの吸いこみ事故防止策を定めた施設基準を定め、公表していた。
夏休みの7月31日、ふじみ野市の市営流水プールは、プール管理委託を孫受けしていたビル管理会社の社員である現場責任者と13人のアルバイトの監視員の監視のなか、営業していた。
午後1時30分頃、小学3年生の男児が、柵状の蓋が外れているのを水中で発見。近くの監視台にいたアルバイトの女性監視員に蓋を渡した。女性監視員は蓋を監視台脇に立て掛け、事務室に連絡、現場責任者が別の監視員と現場に向かった。現場責任者は、吸水口に近づかないように遊泳客に呼びかけることを監視員に指示し、修理道具を取りに戻った。
午後1時40分頃、母親と2人の兄と同級生でプールに遊びにきていた小学2年生の女児が同級生に近づこうとしたらしく、潜って泳いでいた。吸水口に近づいたのに気が付いた女性監視員が、「近づくな」と叫んだが、女児は頭から吸水口に吸込まれてしまった。
午後1時50分頃、「女児が吸水口に挟まれている」との市営大井プールからの通報を受けた消防隊員らは現場に急行、ポンプ車でプールの水を抜き重機を使って吸水管を破壊した。女児は吸水口から約5m先で見つかり、事故発生から約6時間後に病院へ搬送されたが死亡が確認された。
原因 1.直接原因
吸水口は柵状の蓋(約60cm四方、約8kg)2枚を並べ、それぞれの四隅をボルトで固定する仕組みであったが、代わりに留めていた針金が老朽化して切れ(推定)2枚のうちの1枚の蓋が外れていたことが直接的な原因である。
2.死亡事故に至った原因
・蓋が外れていたにも拘らず、遊泳を中止しなかった。アルバイト監視員は、流水プールの仕組みを知らされておらず、外された蓋を渡されても、それが何かを理解できなかった。すなわち蓋が無いことによる吸水口に吸込まれるという危険性を認識できなかったのである。
・プールの管理は、市教育委員会が施設管理会社に委託していたが、運営管理の実務は下請け会社に丸投げしていた。委託契約書で監視員に日本赤十字社や日本水泳連盟の講習を義務付けているが、アルバイト監視員に一切の安全教育をしていなかった。
・したがって前年度、ビル管理会社は監視員の「資格調査書」を提出せずに営業、管理者の市教育委員会はこの事実を把握しながら管財課に報告しなかったため、当年度も業務を受託していた。
・7月のプール開きの際、蓋が正規のボルトで固定されずに、針金で四隅を留めた。施工時に吸水口3ヵ所の蓋6枚の吸水口への取り付けは、現場でそれぞれの蓋に穴を開け、その穴に合わせて取り付けの壁に穴を開けていた。そのため、清掃時などで蓋を外して再度組み立てるとき蓋の位置が元の位置と異なった場合、ねじ穴の位置がずれ、ボルトで固定できなくなる。実際、3ヵ所の吸水口の蓋6枚のねじ穴計24ヶ所のうち、ボルトで留めていたのは6ヵ所だけであった。針金での固定は6~7年まえから行われていた。
・文部科学省の通知では、排水口に蓋と格子金具による二重の事故防止策を設けるよう指導していたが、市教育委員会は通知の内容を誤って解釈し、蓋しか設置していなかった。
対処 ふじみ野市長は管理責任を認め、各施設に安全確認の徹底を指示し、市内プールの使用を中止した。また、埼玉県では、県内のプール管理の実態調査を行い、吸排水口の点検基準がない施設42%、吸排水口の蓋が外れた場合の緊急時対応マニュアルがない施設71%という調査結果を受けて、プールの安全管理指針を策定して、8月24日すべてのプール開設者に指針を周知するよう通知した。本事故を受け、厚生労働省は8月1日、都道府県や政令市などに対し、事故の再発防止のため、遊泳用プールの吸い込み事故の防止策などを定めた施設基準(2001年策定)の徹底を求める通知を出した。
また、文部科学省は8月1日、各都道府県の教育委員会に、学校や公営施設のプールの安全点検実施と結果の報告を求める通知を出した。8日に学校や公営施設のプール延べ1901ヶ所で吸排水口に安全対策の不備がみつかり、文部科学省は、プールの使用を中止するか応急措置をとるよう通知した。同日、小坂文部科学相は閣議後の記者会見で「国土交通省、厚生労働省と調整し、必要に応じ、立ち入り調査も含めた対応を考えてたい。」と述べ、北側国土交通相も記者会見で「(所管する省庁でばらばらではなく)プールの安全の統一的な基準を議論する必要がある。」と述べた。
対策 国土交通省、文部科学省、厚生労働省、経済産業省で連絡調整会を立ち上げ、2007年3月29日に以下内容の「プールの安全標準指針」を公表した。
1.施設基準
・排(環)水口について二重構造の安全対策を施すこと等、基準を統一。蓋等をねじ、ボルト等で固定させるとともに、配管の取り付け口には吸い込み防止用金具等を設置(図5)。
・救命具の設置、プールサイドを滑りにくくするなどの事故防止対策の必要性を明記。
2.安全管理
・施設面の安全確保とともに、管理・運営面での点検・監視及び管理体制についても徹底した安全対策が必要であることを明記。
・プールの安全管理に係る重要事項を明確化(管理マニュアルの整備、安全管理に携わる全ての従事者への周知徹底、排(環)水口の具体的な点検内容を明記、日常点検の配慮事項および監視員の事故原因や防止策・対応方法についての教育について明記、緊急時への具体的対応方法の明示、利用者に排(環)水口の位置など危険箇所の表示、プール利用上の注意・禁止事項、毎日点検結果等の表示が望ましい、等)
知識化 1.委託が続くと管理や緊急時の体制がおろそかになりがちである。
2.事故発生の予測は、仮想演習による訓練が有効である。
3.安全管理が委託した業者によって正しく行われているか、保守管理が定期的に行われているか、について元請けはチェックする必要がある。
4.国や行政による指針が実際に徹底されているとは限らない。
5.現場での現合あわせは施工上容易であるが、正規の固定方法を困難にしてしまう。
背景 ふじみ野市は、旧上福岡市と旧大井町が2005年10月に合併して誕生。市営大井プールは旧大井町の施設で、合併以前は隣接する体育館に常駐する大井町職員が毎日巡回していた。しかし合併後は巡回は1日おきに減った。頻度半減の理由は、合併による職員不足のためと推定される。
また、プールの管理は、ふじみ野市から委託された施設管理会社が市の承諾を得ずに下請けのビル管理会社に丸投げしていた。同市との交渉ではビル管理会社の社長は施設管理会社のスタッフと偽っており「誤解を招くような言動は避けたかった。だが、それが下請けのマナー」と話した。
よもやま話 今回の事故発生時点では、下流側半分の柵が外れていた。水は吸水管の左右、上下の方向から流れ込む。図4に吸水口中心の高さでの水平面における流れ(流線)を示す。流水プールでは水が下流に向かって流れているが、吸水口付近では図6のように水は流れる。図中のABのような曲線の外側は吸水管に入ることがないが、内側の水は吸水升の角部を除いてすべて吸水管の中に流れ込む。このように吸水升の下流側半分では、下流側から回り込む流れが存在する。
シナリオ
主シナリオ 価値観不良、安全意識不良、組織運営不良、構成員不良、教育不足、製作、ハード製作、現合取付け、非定常行為、無為、使用、保守・修理、不良現象、熱流体現象、身体的被害、死亡
情報源 ふじみ野市大井プール事故調査報告書、ふじみ野市大井プール事故調査委員会、2006-09、http://www.city.fujimino.saitama.jp/profile/policy/pdf/pooljikohoukoku.pdf
プールの安全標準指針、文部科学省、国土交通省、2007-03、http://www.mlit.go.jp/kisha/kisha07/04/040929/04.pdf
死者数 1
マルチメディアファイル 図2.ふじみ野市市営プール
図3.吸水口図面(正面図)
図4.吸水口図面(断面図)
図5.排(環)口の改善
図6.吸水口中心の高さでの流れ
備考 事例ID:CZ0200706
分野 その他
データ作成者 張田 吉昭 (有限会社フローネット)
畑村 洋太郎 (工学院大学)