失敗事例

事例名称 イタリア、セベソのダイオキシンの放出による大規模な環境汚染と人的被害
代表図
事例発生日付 1976年07月10日
事例発生地 Italy Seveso
事例発生場所 化学工場
事例概要 1976年7月イタリアミラノ郊外の化学工場で、猛毒物質であるダイオキシンの放出事故が起こった。バッチ作業の終了時に、運転指示書を無視した条件で停止した。そのため、温度上昇と暴走反応によるダイオキシンの大量生成、さらに破裂板が作動し、ダイオキシンを含む内容物が大気に拡散した。1800ヘクタールの土壌が汚染され、22万人が被災し、後遺症に苦しんだ。暴走反応やダイオキシンの発生ついて正しい知識が研究者や工場になく、高濃度ダイオキシンの存在が分かっても、再確認するまで行政当局に連絡しなかったため被害を拡大させた。
後にセベソ指令やバーゼル条約といった安全対策の基本を打ち出すことになった。化学産業では人類最大の事故の一つである。
事象 イタリアミラノ郊外の化学工場においてバッチ作業により2,4,5-トリクロロフェノールを製造する工程で、バッチ作業の終了法を運転指示書とは異なった方法で停止した。そのため反応槽を兼ねた蒸留槽で、暴走反応が起こりダイオキシンを大量に生成した。暴走反応により、破裂板が作動し、ダイオキシンを含む反応生成物を放散した。ダイオキシンを含む反応生成物は風に乗って広範囲に拡がり、おりからの雨により地上に落下したため、多数のダイオキシン中毒者や後遺症に悩む人を生んだ。それと同時に甚大な土壌汚染を引き起こした。
プロセス 製造
単位工程 反応
単位工程フロー 図2.単位工程フロー
物質 2,3,7,8-テトラクロロジベンゾ-p-ダイオキシン(2,3,7,8-tetrachlorodibenzo-p-dioxin)、図3
2,4,5-トリクロロフェノール(2,4,5-trichlorophenol)、図4
事故の種類 漏洩、環境汚染、中毒、健康被害
経過 1976年7月9日16:00バッチ反応を開始した。
10日04:45 反応の停止と反応停止を確実にするための蒸留を終了し、加熱を停止した。
05:00 反応器の撹拌を停止し、圧力を常圧に戻した。作業員は現場から去った。  
12:37 反応器の破裂板が作動して、内容物が放散を開始した。漏洩後、工場のマネージャーが家庭菜園のものを食べるなと警告した。
15日 親会社の研究所でダイオキシンの存在を確認したが、地元自治体に連絡しなかった。
20日 親会社の研究所で、再度高濃度のダイオキシンの存在を確認し、地元自治体に連絡した。
24日 汚染の激しい地域の住民に強制退去を指示した。
原因 トリガーは蒸留の停止時に、運転指示の”溶媒のエチレングリコールを約50%回収し、水を注入し温度を50~60℃に低下してから停止”を無視し、”エチレングリコールを15%程度しか回収せず、水注入もしないで温度158℃で”停止し、撹拌をやめて、現場から作業員全員がいなくなった。そのため何らかの原因で温度が上昇して、暴走反応が起こり、ダイオキシンが生成し、、破裂板が作動した。破裂板の吐出先が大気だったため、ダイオキシンを含む内容物が大気に拡散した。研究所では5日後にダイオキシンの存在を確認したが、直ちに地元自治体に連絡しないで、さらにその5日後に再度の確認ができてから漏洩物がダイオキシンを含んでいる旨を地元自治体に連絡した。連絡が遅れたため、この間周辺住民はダイオキシンに被ばくし被害が拡大した。
対処 発災後14日経ってから強制退去が開始されたが、これが遅くなりすぎた。
対策 直接取られた対策は汚染範囲1800ヘクタールの表土全て除去して、そこに客土をした。汚染土壌は大きな孔を掘って埋めさらにコンクリートで覆った。被害者には有効な治療法がなく、22万人が後遺症に苦しんだが、手段はなかった。
その後の大きな対策として、ECのセベソ指令と国連のバーゼル条約が挙げられる。前者は化学産業に対し工場活動における大事故防止と人間および環境への影響の抑制を図ろうとしたものであり、後者は国境を越えた汚染物質の移動を禁止したものである。
設備、運転面では最も基本的な事柄を重視することが重要と考えられる。プロセスの構築や物質に対する注意、破裂板の放出先、作業指示からの逸脱の禁止、近隣の行政当局や地域住民との協力体制の確立などである。
知識化 開発装置等では装置や反応器で起こる反応の全てが分かってから、プラントが設計され作業指示書が作成されるわけではない。必ず未知の部分が残っている。設計中も運転開始後も、情報収集や調査・研究を怠らずに行い、運転や設備に反映させる必要がある。
なぜ、操業条件を逸脱した停止方法をしたかが問題である。理由が明確でない方法を示しただけの作業指示は、簡単に無視されることがある。
背景 1.トリガーについては、志気の低下か教育訓練の不十分さが挙げられよう。
2.暴走反応は従来230℃以上になると起こるとされていたが、事故後の実験で180℃以上になると発熱反応を起こし、暴走反応に至ることが確認された。プロセス開発時のあるいはもっと以前の基礎研究時の検討の甘さが問題であろう。
3.停止温度の158℃から180℃に上昇したことの原因は、加熱用コイルに残っていた過熱スチームで槽内の液相上部にホットスポットができ、そこから発熱反応が起こり、その熱が伝わっていったという可能性、さらに撹拌が停止していたことがホットスポットの生成に寄与したと言うのが一般的である。ただし、コイル内容積は小さいので、本当に180℃まで上昇させる量があったかは不明である。
4.この事故に先立ち、同種の事故が5件あった。初期の4件の事故を参考にして親会社はエチレングリコールを溶媒とするプロセスを選定した。ただし、エチレングリコールを溶媒とするプロセスも1968年に同種の事故を起こしている。加熱制御システムの故障により起こったとされているが、この情報は適切に活かされていない可能性がある。また、この反応工程では通常の運転中でも最大10ppm程度のTCDDが生じているが、その事実を見落としていたか、さらに暴走反応によりTCDDの生成が加速する可能性を考えていなかった。
5.そのため、ダイオキシンが暴走反応に多量に生成していること、TCDDが拡散していることの確認が遅れた。地元自治体への通報も、再確認を待って行われたので、余計な時間を費やし、被害の拡大を招いた。
6.設備的には破裂板の放出先を大気としたことが事故につながった。圧力の異常上昇に対して、設備を守る役割は果たしたが、ダイオキシンを拡散させる原因になった。設計の大きなミスと考えられる。
後日談 セベソ指令とバーゼル条約
よもやま話 被害者で直接の死者は”0”である。実際には翌年4~6月の妊婦の流産率が34%と異常に高い。立派な殺人行為ではないだろうか。
データベース登録の
動機
史上最悪の化学物質による環境汚染事故
シナリオ
主シナリオ 組織運営不良、管理不良、管理の緩み、価値観不良、安全意識不良、安全対策不足、調査・検討の不足、事前検討不足、反応検討不十分、計画・設計、計画不良、破裂板吐出位置悪い、定常操作、手順不遵守、温度高いまま停止、不良現象、化学現象、暴走反応、二次災害、環境破壊、環境汚染、身体的被害、発病、22万人に健康被害、社会の被害、社会機能不全、社会機能喪失、強制避難、組織の損失、社会的損失、組織の損失、社会的損失、組織の損失、経済的損失
情報源 福山郁生、セベソ事故その後、予防時報、No.176、PAGE19‐25(1994)
福山郁生、イタリア・セベソのダイオキシン爆発,漏洩事故、世界の重大産業災害、PAGE40-43,84-85(1993)
福山郁生、セベソの事故、SEシリーズ 事故に学ぶ、PAGE10-13(1987)
上原陽一,小川輝繁、防火・防爆対策技術ハンドブック、PAGE8-11(1998)
上原陽一、セベソ事故の原因、安全工学、No.141、PAGE340-345(1987)
環境公害衛生、世界の化学工業、PAGE55-58(1976)
死者数 0
負傷者数 220000
被害金額 4,800~5,000万ドル(約140億円)推定(イタリア当局による)
社会への影響 州政府は汚染地域の住民を強制疎開させた。汚染地域1,807ヘクタールで植物や土壌も汚染。図5
マルチメディアファイル 図3.化学式
図4.化学式
図5.被害範囲図
備考 WLP関連教材
・化学プラントユニットプロセスの安全/反応
分野 化学物質・プラント
データ作成者 小林 光夫 (東京大学大学院 新領域創成科学研究科 環境学専攻、オフィスK)
田村 昌三 (東京大学大学院 新領域創成科学研究科 環境学専攻)