失敗事例

事例名称 深海無人探査機「かいこう」行方不明
代表図
事例発生日付 2003年05月29日
事例発生地 高知県室戸岬沖
事例発生場所 室戸岬沖南東約130km
事例概要 海洋科学技術センター(JAMSTEC)の1万m級無人探査機「かいこう」は、高知県室戸岬の南東約130kmの南海トラフにおいて、南海地震に関わる長期観測データの回収に成功した直後、二次ケーブル(ランチャーとビークルを結合するケーブル)の破断により「かいこう」ビークルが浮上し漂流状態に陥った。ただちに海空から広域にわたる調査を実施したが、ビークルは発見できなかった。二次ケーブル破断はケーブルの耐久性低下が原因であり、ビークル回収不能については、二次ケーブル破断した場合、ビークルの位置確認手段など回収システムの不備が原因であった。
事象 海洋科学技術センター(JAMSTEC)の1万m級無人探査機「かいこう」は、高知県室戸岬の南東約130kmの南海トラフにおいて、南海地震に関わる長期観測データの回収に成功した直後、二次ケーブルの破断により「かいこう」ビークルが浮上し漂流状態に陥った。ただちに海空から広域にわたる調査を実施したが、ビークルは発見できなかった。
経過 5月29日9時30分、潜航作業海域で母船の深海調査研究船「かいれい」から「かいこう」は着水した(図1参照)。
11時7分、ビークルはランチャーから離脱し、調査を開始した(図2参照)。
13時12分、予定された海底作業を終了し、ランチャー高度130mにて、結合のため二次ケーブルの巻き取りを開始した(図3参照)。
13時22分、巻き取り終了直前、二次ケーブルの異変に気付いた。通常、ゴムモールド部(二次ケーブル外部シースとはテープで留めてあり接着されていない)直下に有るべきベルマウスと引留金具を定位置よりも下方に視認した。さらに、抗張力体のアラミド繊維と思われるものがひらひらとしており、外部シース下方には剥き出しの内部シースが確認できた。この時点で、アラミド繊維編組が切断したものと判断した(図4参照)。「かいこう」運航長は、「かいれい」船長に現状の説明を行い、ランチャーとビークルの結合が不可能な最悪の場合を想定し、現場分離の可能性大である旨伝えた。
13時29分、「かいこう」の高圧給電「断」、結合不能後、すぐに運航長より「かいれい」は船速0.5ktで前進し、一次ケーブルを線速25m/分にて巻き取るよう船長に指示があった。指示通り進路120-130度、対水速力0.5ktにて前進した。その後分離揚収のための道具および作業手順の確認を行った。また、ビークル浮上時のビーコン受信に備え方向探知機の準備をした(図5参照)。
16時47分、ランチャー揚収が完了した。二次ケーブルはランチャー揚収直前に揚収した。
16時48分、ビークルビーコン音を3回受信した。この発信音は3名が確認し、3回とも同じような音量で聞いたが、その後聞こえなくなった。
16時55分、船の速度を上げ、潜航地点に引き返し捜索を開始した。ビークル視認およびビーコン音聴取に努めた。船速・気象・海象・海流などから、航跡の北側にビークルが浮上しているものと判断し、航跡の北側を引き返した。
17時15分、潜航地点付近に到着したが、ビークルは視認できず、ビーコン音も聞けなかった。その後、19時40分まで、潜航地点付近からランチャー揚収地点までの距離の2倍程度(3マイル)範囲を中心に捜索した。
20時26分、JAMSTEC海務課からの指示で、ビークルの流れと速度をしるためのフラッシャー付きブイを投入した。
23時44分、同ブイを回収した。JAMSTEC海務課から指示された捜索点を経由し、30日6時00分まで北東方向に捜索範囲を延ばし捜索した。
その後6月21日まで、室戸岬南東沖から犬吠崎東方沖に至る海域を、「かいれい」および「よこすか」「なつしま」「かいよう」の船舶や、チャーター航空機、海上保安庁および航空宇宙技術研究所の航空機により捜索を行ったが、ビークル発見の手がかりは全く得られなかった。
原因 1. 二次ケーブルの破損
a.ランチャー・ビークルの結合・離脱や通常の運用によって、引留部近傍のシース開口部におけるアラミド繊維編組の強度が低下したこと。これらはさらに引留部の構造や、ケーブルの高水圧に対する耐久性に起因するものと考えられる。
b.二次ケーブル引留部についてはマニュアルに明確な保守点検の規程や安全性に関する基準がなく、運用上の盲点になっていた。
c.引留部近傍の編組が、一部損傷していたことを確認していたにもかかわらず、損傷の重大性に対する認識が甘く、十分な検討をせずにNo.0ケーブルの使用を決めた。
なお、このNo.0二次ケーブルは、1996年7月に製作され、1999年度に48回の潜航に使用した後、予備として保管されていた。2003年5月4日、実装していたNo.4二次ケーブルの修理のためNo.0二次ケーブルに換装した。2003年5月3日、潜航回数が123回のNo.4二次ケーブルのビークル側引留金物付近の中間接続金具を取り外し、開口部を点検した結果、ポリエステルテープが大きく捲れ上がり、アラミド繊維編組18本中9本が切断していることを確認した。そこで、同日、No.0二次ケーブルの点検を行ったところ、開口部のアラミド繊維編組1本の切断が確認されたが、アラミド繊維編組およびポリエステルテープの乱れもなく、全体的にしっかりしていることから、メーカーとの協議の結果、定期的な点検・観察を行えば当面のしように問題ないと判断した。また、原因の究明と対策については、別途検討することにした。なおNo.0二次ケーブルは、電気特性計測、光特性計測および全長に亘る外観検査を実施し異常ないことを確認していた。
 5月29日の51回目の潜航中に、No.0二次ケーブル引留金物付近の開口部でアラミド繊維編組が切断した。
2. ビークルの回収不能
 せっかく海面に浮上したビークルを見失ってしまった。この要因として、二次ケーブル破断後のビークルの安全対策が、バラスト投棄とラジオビーコンのみであったことが挙げられる。建造時の計画では、海中位置確認用トランスポンダや浮上時の夜間確認用フラッシャーを装備する予定であったが、ビークルの軽量化と建造費の制約により、ビークルが海面に浮上すれば目視で発見、回収が容易であると判断して除外されてしまった。
対処 2003年6月2日付けでJAMSTECに設置された「かいこう」ビークル漂流緊急対策本部長(JAMSTEC平野理事長)の要請により、6月17日「かいこう」二次ケーブル破断によるビークル漂流事故の原因調査および対策を目的として、浦環教授(東京大学生産技術研究所)を委員長とする「「かいこう」ビークル漂流事故調査委員会」が設置された。
  本委員会の検討事項は以下の項目であった。
1.二次ケーブル破断原因に関する調査検討
2.「かいこう」システムハードウェアに関する調査検討
3.「かいこう」システムの運用方法に関する調査検討
4.ビークル亡失に関する調査検討
5.二次ケーブルの破断防止に関する検討
6.ハードウェアの改善に関する検討
7.運用方法の改善に関する検討
対策 1. 二次ケーブルの以下の方針による新開発
 a.抗張力体材質について、アラミド繊維を含む最適材料の選定。
 b.抗張力体繊維レベルの均圧のため、樹脂等を含浸させる。
 c.構造および引留方法等を見直した設計と試作ケーブルでの十分な試験の実施。
 d.洋上で端末加工が可能な引留部の開発を目指す。
2. 二次ケーブル運用の改善
 a.外観から強度の低下を見積もることは困難と思われるので、毎潜航毎に引留部の検査を行うと共に、定期的に解体検査や強度試験を行い、運用基準をマニュアルに定める。
 b.二次ケーブルには、スナップ的な張力が働く可能性があり、現状の2秒毎のサンプリングを0.1秒に変更し二次ケーブル張力のピークを正確に取得する。
3. 安全対策および安全管理体制の強化
 二次ケーブルが破断することを前提として、浮力を確実に確保し、浮上中、ビークルの水中位置を確実に捕捉し、浮上後、確実にビークルを回収できるように以下の安全対策を行う。
 a.ランチャー、ビークルに独立して給電可能な電源系統とする。
 b.砕波の影響を受けることや海水温度変化を踏まえ、海面で適切な浮力を確保する。ペイロード等を確実に投棄するためのケーブルカッタを装備する。
 c.ビークル電源遮断後も水中位置が測定できるように、トランスポンダを装備する。
 d.浮上後は、衛星等で海面のビークル位置を確実に把握する。
 e.安全装置は可能な限り二重化し、冗長性を持たせる。
 f.夜間視認に役立つフラッシャー等も装備する。
 g.緊急用バラスト離脱はタイマー式と音響指令式を併用する。
知識化 1.物は使用していれば必ず劣化する。保守点検基準の明確化が不可欠である。美浜原子力発電所の冷却チューブの損傷・破損で水蒸気による死傷者の事
故は典型的な例である。
2.安全対策での経費削減は、結局は事故の発生を引き起こし、かえって大きな損害をもたらす。
3.成功の連続は、慣れと油断を生み、安全対策への取り組みがおろそかになってしまう。
【追補;2010年3月】
4.「かいこう」喪失の事故で勉強したはずだが、少しの油断で「かいこう7000」落下事故を犯している。事故の教訓が全く活かされていない。船上の事故で、海中に落下するは逃れたが、危機管理意識の欠如は著しい。
背景 「かいこう」は、1万1千mという世界最深の海底に到達し得る世界唯一の深海調査システムである。建造以来296回の潜航を実施し、従来ほとんど知られていなかった世界最深の海底に科学の光を当てるとともに、超高圧下に生息する新種のバクテリアを多数発見するなどの貴重な科学的成果をあげる一方、巨大地震発生にメカニズムに関する深海調査など社会的にも「かいこう」にしか成し得ない貢献をはたしており、その活動は全世界から注目されていた。
後日談 【追補;2010年3月】
 2003年5月に四国沖で2次ケーブルの破断事故によりビーグルを失った1万m級無人探査機「かいこう」の代替機として、7000m級細径光ファイバー式無人探査機「UROV7K」を改造して「かいこう」ランチャーと一体化し、「かいこう7000」を製作した。
 平成16年7月15日、日本海溝水深7000m海域において、「かいこう7000」の試験潜航を実施した。ビークルをランチャーから離脱した後、ビークルのスラスターが停止したが、当初の目標である水深7000mの海底に着底し、機器の作動確認を行った。試験終了後、ランチャー/ビークルを結合させる際、ビークルのスラスターが停止していたため、ランチャーの結合監視カメラでビークルの状態を確認し結合を行った。ビークルの機首方位がランチャー機首方位に対して1890 (1800 反転した位置から時計回りに90)ズレた位置関係であった。(結合確認ランプ点灯)その後、一次ケーブルの巻取りを行った。水切り後、Aフレームクレーンを後部甲板に振り込み、台車上に上架させる際、ランチャーとビークルの90 のズレにより、ビークルのTVカメラが台車と接触する恐れがあったため、人力でビークルを回転させようとしたところ、結合装置の巌合部がはずれ、ビークルが約1.35m下の台車上に落下した。
 2度の事故を踏まえて、その後、複雑な作業に対応できるように、機械の大型化、マニュピレータの増設、推進力の増強などの改造を行い、2006年4月からは「かいこう7000II」として運用を開始した。7,000mという潜航深度は、現在、世界トップクラスである。
 「かいこう(7000、7000IIを含む)」の調査目的は、独立行政法人海洋研究開発機構(JAMSTIC)の「深海調査研究」推進委員会により策定された「深海調査研究中期計画」に基づくもので、平成10年~19年の10年にわたり、プレートの動きや深海生物などの研究を目的としている。
 平成19年のJAMSTIC報告によると「かいこう7000」は、北西太平洋、日本海溝、南海トラフにて調査潜航を実施した。「かいこう7000」は調査潜航として17 日(当初計画23 日)、試験・訓練潜航として16 日(当初計画13 回)を実施し、回数としては33 潜航を実施している。
よもやま話 「かいこう」の建造当初、システムの軽量化や予算の制約により、安全装置等が十分整備できなかったが、約10年にわたる「かいこう」運用によって慣れと油断で、その後の適切な安全装置の改善ができなかったといえる。
シナリオ
主シナリオ 誤判断、誤認知、使用、運転・使用、破損、劣化、組織の損失、経済的損失
情報源 「かいこう」ビークル漂流事故調査最終報告書(2004年1月19日) 「かいこう」ビークル事故調査委員会
マルチメディアファイル 図1.着水(9時30分)
図2.着底、海底作業(11時55分-13時12分)
図3.海底作業終了、二次ケーブル巻取(13時12分)
図4.二次ケーブル異変確認(13時22分)
図5.一次ケーブル巻取(13時29分から16時47分)
備考 二次ケーブル破断で深海無人探査機「かいこう」行方不明
分野 機械
データ作成者 張田吉昭 (有限会社フローネット)
中尾政之 (東京大学工学部附属総合試験所総合研究プロジェクト・連携工学プロジェクト)