失敗事例

事例名称 手抜きコンクリート工事によって工事中床にひび割れ
代表図
事例発生日付 2000年11月
事例発生地 タイ国バンコク市
事例発生場所 バンコク市郊外のビル建築工事現場
事例概要 タイ国バンコク市郊外のビル建築工事現場のコンクリート打設工事で、品質マネジメントが十分に行われなかったので、打設後まもなく床にひび割れが発生した。
ひび割れ発生の主な原因の一つは、養生をコンクリート打設の翌日から、しかも2日間しか行わなかったことにあると考えられる。
事象 タイ国バンコク市郊外のビル建築工事現場のコンクリート打設工事で、品質マネジメントが十分に行われなかったので、打設後まもなく床にひび割れが発生した。
経過 タイ国のバンコク市では、広い面積のスラブのコンクリート打設工事は、夕方から開始して夜間に終了することが望ましいとされている。それは、
1 コンサルタントが打設工事の準備状況を十分に確認する時間がある、
2 夜間は気温が低下するため、表面のひび割れが生じにくい、
3 都心部の交通量が減少するので、生コン車が渋滞に巻き込まれる危険性が少ない、などの理由による。
しかし、夜間の作業は、労働者への時間外手当の支給、照明設備の設置など昼間の作業よりも割高となるため、昼間に打設を行い養生は翌日に行っても構わないと考える実務者も多い。この現場の元請会社は、工程の遅れを取り戻したかったので、昼間に打設工事を行い翌日から養生を行うことを下請会社に提案した。今回は、元請会社から下請会社へのコンクリート工事の代金は、他の条件を一切考慮せず単に打設量に比例して支払われる契約となっていた。下請会社は、夜間作業になると労働者への時間外手当は自社で負担しなければならず利益が減るので、昼間に工事を行い翌日から養生を行うという元請会社の提案に同意した。
今回のコンクリート工事は、タイの基準では7日間の養生を必要とした工事であったが、この現場では2日間しか養生を行わなかった。さらにタイでは、気温が高く水分の蒸発率が高いので被膜養生の必要性も認識されているものの、割高になるので実際に採用している現場は皆無である。今回の現場でも採用されなかった。
原因 ひび割れが発生した主な原因の一つは、養生が遅れたこととその期間が十分ではなかったことにある。
対策 中長期的には、技術・技能講習会などを頻繁に開催し、現場実務者の技術・技能水準の底上げを図りながら、作業基準遵守の必要性を理解させることが不可欠である。
直ちに実行できる対策としては、元請会社が作業標準を準備し、その現場での遵守を徹底させることがあげられる。
各現場組織が、各自の役割・責任を明確に規定することも重要である。
今回の現場では、養生中給水ポンプが故障し作業を中断せざるをえなくなった。また別の現場では、打設終了直後突然大雨が降り出したが、それに対する準備を怠っていたため、現場が瞬時に水浸しになった例もある。予期しない出来事に対しても即座に対応できるよう周到な工事計画を立てておくことが必要であることはいうまでもない。
知識化 コンクリート工事のひび割れを防止するためには、養生を十分に実施することが不可欠である。
タイでは、実務者のコンクリート工事の品質マネジメントに対する知識と関心が不十分である。中長期的には、技術・技能講習会などを頻繁に開催し、現場実務者の技術・技能水準の底上げを図ることが不可欠である。
直ちに実行可能な対策として、元請会社が作業標準を準備しその現場での遵守を徹底させること、各現場組織が各自の役割・責任を明確に規定することが重要である。
背景 発注者、コンクリート製造業者、コンサルタント、元請会社、下請会社の実務者に聞き取り調査を行った。その結果、根源的原因は、1 実務者のコンクリート工事の品質マネジメントに対する知識と関心、2 品質マネジメントの以下の機能:
a)計画、b)組織、c)動機付け、d)監査・制御、における問題、に分類することができた。
1 実務者のコンクリート工事の品質マネジメントに対する知識と関心
養生の重要性を十分に理解していない実務者が多い。コンクリート製造業者、コンサルタント、元請会社、下請会社の技術者または職長に、コンクリート工事の技術講習または正式な訓練を受けた経験があるか否かを聞いたところ、あると答えた者は全体の約1/3に留まった。
作業基準に則って作業を行うと費用が増加し、作業時間も増大し、時には作業の危険度も増大するため、作業基準を遵守して実際の作業を行うことは困難であると考えている職長が多い。実際には自己の経験に基づき「柔軟に」作業を行うと回答した職長も少なくなかった。
2 品質マネジメントにおける問題点
a) 計画(Planning)
元請会社は、工事の作業標準を準備していなかった。またこの現場では養生中、給水ポンプが故障し作業を長時間に亘って中断せざるをえないという事件もあった。
b) 組織(Organizing)
今回の現場では、各自の役割・責任を明確に規定した組織はなかった。タイの現場では通常、職長が作業員に養生作業の実施を指示する。しかし、職長は他の職務に時間をとられその指示を忘れる場合もある。今回の現場も例外ではなかった。
c) 動機付け(Leading)
発注者やコンサルタントにとって工事品質の確保は大変重要であるが、本現場の元請会社や下請会社にとっては工事費用の縮減が最大の関心事であった。このため、元請会社が作業標準を準備していなかったという理由と相まって、2日間という「超特急の」養生作業、さらにその間でも十分な散水が行われないという「手抜き工事」が行われた。
d) 監査と是正措置の実行(Controlling)
今回の養生作業では各自の役割分担が必ずしも明確になっていなかった。このため、実際の養生作業が十分に行われているか否かを監査し、不十分な場合には是正措置をとる者がいなかった。
当事者ヒアリング 多くの元請・下請会社は、現場マネジメントの最も重要な目的は、工事品質の確保ではなく工事費用の縮減であると考えている。この背景には、タイが経済危機による不況から未だに脱出できず依然として工事量が少ないことがある。しかし、こうした工事品質の軽視は、近年の日本での種々の事例が示すように、いずれは構造物の供用期間の短縮、維持・修繕費用の増大をもたらし、最悪の場合には供用中に構造物の一部が剥離し大事故につながる危険性もある。
データベース登録の
動機
品質管理の重要性並びに各主体の役割・責任の明確化と実行の必要性を再認識させる失敗の一例であると考えられる。
シナリオ
主シナリオ 環境変化への対応不良、経済環境変化、夜間賃金割高、組織運営不良、運営の硬直化、工期絶対厳守、製作、ハード製作、昼にコンクリート打設、非定常行為、変更、養生時間不足、破損、破壊・損傷、ひび割れ
情報源 失敗知識データベース整備事業建設分野研究委員会第四回研究委員会発表資料
分野 建設
データ作成者 渡邊 法美 (高知工科大学社会システム工学科)
國島 正彦 (東京大学)