失敗事例

事例名称 ナフタリン酸化反応設備の可燃性混合気生成による爆発
代表図
事例発生日付 1998年03月10日
事例発生地 神奈川県 川崎市
事例発生場所 化学工場
事例概要 1989年3月10日にナフタレンの酸化反応設備でナフタレン貯蔵タンクから混合器へ供給するポンプがキャビテーションを起こし、ナフタレンの供給が不調となった。ポンプ吐出部からガス抜きを実施したが、キャビテーションが続いた。その後、反応温度が降下し始めたため空気入口弁を絞ったところ運転状態が不安定になり、B系混合器内で静電気により引火、爆発し破裂板が作動した。
この時、混合器内のナフタレン濃度は上昇し爆発下限界を超えていた。濃度上昇の原因は、ナフタレン供給ポンプのキャビテーションが発生し、その対処を運転したまま行っている間に、送風機のサージング防止装置が働き、運転状態が不安定となり空気流量が低下したためである。
事象 ナフタレン酸化反応装置で、ナフタレン貯蔵タンクから当該施設の混合器へ供給するポンプ2基(A系、B系)が同時にキャビテーションを起こし、ナフタレンの供給が不調となった。ポンプ内にガスがたまったのが原因ではないかと予想し、両ポンプ吐出部からガス抜きを実施した。A系ポンプはまもなく正常になったが、B系ポンプはキャビテーションが続いた。その後B系の反応温度が降下し始めたため酸化用空気の空気入口弁を絞ったところ、送風機のサージング防止装置が働き、運転状態が不安定になり、B系混合器内で爆発が発生し破裂板が作動した。
 サージング: 遠心型圧縮機または送風機で吐出を絞って流量を減らすと、一定流量になると急激に流量がゼロになる。この現象をサージングという。サージングを避けるため、流量が一定値を割り込むと、吐出ガスを系外に放散して流量を確保する装置を付けることがある。この装置をサージング防止装置という。
プロセス 製造
単位工程 反応
単位工程フロー 図2.単位工程フロー
反応 酸化
物質 ナフタレン(naphthalene)、図3
事故の種類 爆発
経過 定期修理工事が終了し、ナフタレン酸化設備のスタート中であった。
1998年3月9日12:01 スタートアップを開始した。
10日03:50 ナフタレン供給ポンプ2基(A系、B系)が同時にキャビテーションを起こした。両ポンプ吐出部からガス抜きを実施したところ、A系ポンプのみ正常に戻った。B系混合器へのナフタレン供給が不調となり反応温度が降下し始めた。
04:00 運転室から空気入口弁を絞り混合気への空気の流入量を減らした。送風機のサージング防止装置が働き、混合器の運転状態が不安定になった。
04:09 空気の供給量が下がり、混合器内のナフタレン濃度が爆発下限界を超えた。混合器で発生した静電気により引火、爆発を起こし破裂板が作動した。ナフタレンの供給を停止した。
<全体の経過は以下のようにまとめられる>
酸化反応は空気大過剰で行われている。ナフタレンの供給流量低下があったため、送風機のサージング防止装置が働いて、酸化用空気は空気供給配管から大気放出に変わった。その結果、混合器内でナフタレン濃度が上がり可燃性混合気が生成した。
原因 1.可燃物
酸化用空気送風機のサージング防止装置が働き、混合器内でナフタレン濃度が爆発下限界の51g/Nm3を超えたことにより可燃性混合気が形成された。
2.着火源
ナフタレン供給系に蒸気ドレンが混入し、その噴霧により混合器内で静電気が発生した。
3.まとめ
定期修理中に予備ポンプ(Bポンプ)のサクション側に接続されていた水蒸気バルブの不具合から蒸気ドレンが流入し、ポンプ内に溜まった。装置のスタートアップ後約16時間してから、当該ドレンがスチームジャケットの温度(138℃)で水蒸気となり、並列に接続されている稼働中のA系及びB系へのナフタレン供給ポンプ(Aポンプ、Cポンプ)のサクション側へ流入したことにより、3時50分両方ともキャビテーションが同時に起こった。この現象を防止するため、ポンプのガス抜きを実施したが、Cポンプのキャビテーションはおさまらず、その結果ナフタレンとともに水蒸気もB系混合器へ供給されることとなった。その結果、B系混合器内の噴霧ノズル部分で静電気が発生した。同時にCポンプのキャビテーションの影響で、B系ナフタレンの供給量が急に落ち、風量は変わらなかったことから反応温度が低下し始めた。このためB系混合器の空気入口弁で空気の流量を調整したところ、絞りすぎたため送風機のサージング防止装置が作動し空気供給量が減少し、本来の空気大過剰の状況から、ナフタレン濃度が上がる状態になり、4時09分ナフタレン濃度が爆発下限界を超えた。これらにより、爆発雰囲気のナフタレンに静電気が着火源となり爆発したものと推定される。
ポンプトラブルがトリガーで、その対策に追われている間に送風機をサージング状態に持っていったことが、本当の直接原因であろう。
対処 爆発発生後、ナフタレンの供給を停止した。
対策 1.ナフタレン供給ポンプがキャビテーションを起こした場合、循環系に戻し、ナフタレンが混合器内に流れないように、作業基準を改訂する。
2.接続されている異種配管(ユーティリティー配管)のうちすでに利用されず無関係となっている場合、仕切板を挿入し完全に縁切りを行うか、又はその配管を切り離す。
知識化 装置の不安定な時に運転続行状態で調整を続けることにより危険状態に陥ることがある。考えられる不安定状態についてはあらかじめ安全な対処法を決めておくべきである。
背景 1.ナフタレンの供給ポンプとその吸入配管にスチーム凝縮水をため込んで、そのまま運転に入った事が第1原因である。不要な配管を直接にプロセス配管に接続し、運転開始時に注意を払っていない。それまで何回かのスタートが、同じような条件で問題なくできたのであろう。それ故、慣れで点検すべきことを見落としたと推測される。さらに、平常運転温度が高いことは分かっており、そのため凝縮水が蒸発して不安定な状態になることは、エンジニアや管理者なら分かっていなければならない。
2.ポンプ不調の原因が分からなくパニックになったものと推定される。ポンプ不調時に何をすべきかの教育と訓練が重要であろう。
よもやま話 ☆ 平常運転で高温系のところに、定期消火工事などで水分が入り込むと、運転開始時にその水分が蒸発し、各種のトラブルを起こすことがある。水分の混入は炭化水素を追い出す時のスチームパージでも発生する。
データベース登録の
動機
ポンプのキャビテーションにより爆発が起こった事故例
シナリオ
主シナリオ 価値観不良、安全意識不良、リスク認識不良、不注意、注意・用心不足、取扱い不適、無知、知識不足、経験不足、計画・設計、計画不良、パージ計画不良、定常操作、手順不遵守、機能不全、ハード不良、空引き、二次災害、損壊、爆発、身体的被害、負傷、組織の損失、経済的損失、直接損害額500万円
情報源 板倉文男、危険物事故事例セミナー(1999)、p.21-36
川崎市消防局予防部保安課、川崎市コンビナート安全対策委員会資料(1998)
負傷者数 1
物的被害 破裂板の破裂、アーススクリーン変形、逆火防止網変形
被害金額 450万円(川崎市コンビナート安全対策委員会資料)
マルチメディアファイル 図3.化学式
分野 化学物質・プラント
データ作成者 土橋 律 (東京大学大学院 工学系研究科 化学システム工学専攻)
田村 昌三 (東京大学大学院 新領域創成科学研究科 環境学専攻)