失敗事例

事例名称 水添脱硫装置反応塔の気密試験中の脆性破壊
代表図
事例発生日付 1980年04月01日
事例発生地 山口県徳山市
事例発生場所 出光興産(株)徳山製油所
機器 接触水添脱硫装置/反応塔/塔壁/C-0.5Mo鋼=SB46M相当(13Cr-Al鋼圧延クラッド付)/2,286ID x 89t x 8,560H
事例概要 出光興産(株)徳山製油所で1959年から約21年間稼動してきた軽油・ナフサ・灯油の水添脱硫装置(図2参照、9,000BPD、稼働日数:300~350日/年)の反応塔(図3参照、プラント稼動開始の後4年目に再製作したため使用期間は約16.5年、運転圧力:~50kgf/cm2、 水素分圧:~39kgf/cm2、運転温度:~350℃)が、定期点検補修終了後の再稼動前のN2ガスによる気密試験中に破裂した。大小44の破片(最大の破片:4,600kg)になって最大飛距離115mまでの範囲に飛散し、周辺機器・配管・架台などの構造物に甚大な損害を与えた。事故発生が深夜であったため、人的被害はなかった。
事象 1980年3月1日、定期点検補修のため、第二接触水添脱硫装置の通常停止操作を行った。定期点検と共に、触媒充填量を増すための小改造、新触媒充填を行った後、1980年4月1日、トップノズルを復旧して高圧ガス取締法に基づく保安検査を受ける準備として、10時30分より液体窒素タンクローリーから窒素ガスを張込み気密試験を開始した(図4参照)。同日23時55分、規定圧(55kgf/cm2)に達したため(図5参照)、窒素張込みを中止しようとしていた時、反応塔が破裂した。
経過 高温高圧水素ガス中で長年にわたって起動・停止を繰り返しながら使用されたため、異材溶接が行われていた製作時の補修部で剥離が起きた。同時に、C-0.5Mo鋼の水素侵食が進み、耐圧壁内部に欠陥が発生・拡大した。その結果、気密試験時の条件(推定壁温: 13℃、圧力: 55kgf/cm2)で亀裂先端の応力拡大係数が破壊靱性に達して破裂した。
原因 材料的な観点から見た主たる事故原因は、異材溶接継手(フェライト鋼/オーステナイト鋼)の剥離、およびC-0.5Mo鋼の水素侵食である。以下に詳細を述べる。
(1)事故発生当時、高温高圧水素ガス中で起動・停止を繰り返しながら使用する機器において異材溶接継手が剥離する事例が、本件より更に厳しい水素分圧・温度条件下で運転される装置で報告されていた。すなわち、1970年代後半に入って重油直接脱硫装置、重質油水素化分解装置などで、概ね水素分圧150kgf/cm2以上、温度420℃以上の条件下で運転される反応塔において、異材溶接継手の剥離現象が報告されていた。塔壁は2.25Cr-1Mo鋼母材(フェライト鋼)の内面に、プロセスガスによる腐食を防止する為にオーステナイト鋼の溶接オーバーレイ(309、347鋼)を施したものである。この現象に対する研究も行われ始めており、溶接および溶接後熱処理(PWHT)条件と溶接オーバーレイ境界層のミクロ組織、残留応力、剥離割れ感受性との関係、さらに運転条件と運転停止方法の割れへの影響などが分かり始めていた。フェライト相とオーステナイト相との水素溶解度・水素拡散係数の大きな違いによって運転停止・降温時に両相境界部で水素濃度が大きく上昇することが剥離割れの大きな要因となるため、運転条件とともに運転停止操作が注目されていた。しかし、これらの報告に基づいて判断すると、本件の反応塔の異材溶接継手に関しては安全であるとの結論になり、剥離割れの発生を予見することはできなかった。勿論、本件と諸研究報告とでは、フェライト、オーステナイト両相とも材質が異なっている。
(2)一方、本反応塔の運転条件は当時のNelson線図(1977年版API 941:水素環境中における鋼材の使用限界線図)のC-0.5Mo鋼の安全域にあったが、この1977年版でのC-0.5Mo鋼の安全域の水素侵食発生に関する情報が注目され始めていた。すなわち、C-0.5Mo鋼の線図は1949年にG.A.Nelsonによって設定されて以来、再三改訂されてきており、API(米国石油学会)に引継がれて1970年に設定された曲線は、1975年以降にその安全域で発生した4件の損傷事例報告を受けて1977年に改訂された。これが本事故発生時に使用されていた曲線であるが、これについても、接触改質装置で長年使用されたC-0.5Mo鋼製の機器・配管が安全域で使用していたにもかかわらず損傷が発生したとの情報が流れていた。その後、1980年以降にこれらの情報は公開されて損傷事例報告数が増加したため、APIは1983年に再び改訂版を発行した。その中で、C-0.5Mo鋼の曲線そのものは改定しなかったが、接触改質装置において安全域で使用されていて損傷が発生した8件の事例を図示し、この曲線を使用するに際して注意するよう呼びかけた。このような状況から考えて、本事故発生時点でもNelson線図に関する最新情報に注意を払っていれば、長年使用してきていた当該反応塔の安全確認への何らかの対応が生まれたのではないか、と判断される。
(3)破片を回収して復元し、割れ進展方向を調査して破片地図を作成した(図6参照)。その結果と触媒の飛散状況から、割れ開始箇所を反応塔胴部溶接線の図6のa点と推定した(図7参照)。この割れ開始箇所の破面観察、金属組織検査、化学分析、X線マイクロアナライザーによる元素分析(EPMA分析)を行った結果に基づき、この箇所は当該反応塔製作時に、全ての溶接終了後に行われた非破壊検査で検出された溶接部内部の欠陥をグラインダー除去後、D309溶接棒を用いて補修溶接した箇所である、と判断した。なお、内表面には13Cr-Al鋼圧延クラッドに合わせたCR40Cbによる溶接が施されていた。この割れ開始箇所では、溶接金属(D309)と母材(C-0.5M0鋼)の間および溶接金属(D309)と表面溶接金属(CR40Cb)の間に亀裂(図8のA)が生じており、さらに補修溶接底部より塔外表面に向った亀裂(図8のB)が生じていた。A、B部ではEPMA検査によって硫黄分が検出され、この亀裂部がプロセス流体と接触していたことを示している。なお、A部の溶接金属(D309)と母材(C-0.5M0)間の亀裂を詳細に観察すると、亀裂はオーステナイト相とフェライト相の境界にあるのではなく、境界付近の溶接金属側または母材側を交錯しながら進展していた。したがって、この亀裂は製作時の溶接部の融合不良から生じたのではなく、後で発生したものと判断された。母材部から採取した試験片の化学組成と引張強さはC-0.5Mo鋼の規格を満足していた。同一材料のシャルピー衝撃試験結果の例を図9に、破片の母材部から採取した試験片のシャルピー衝撃試験結果を図10に示す。破片の吸収エネルギーは低く、延性-脆性遷移温度領域が広かった。金属組織検査では、粒界ミクロ割れ、脱炭などの水素侵食の兆候がみられた。
対処 Nelson線図の1983年改定後も、C-0.5Mo鋼製機器・配管の安全域での損傷事例報告が続き、しかも接触改質装置以外での事例も登場してきた。このためAPIは、1990年にNelson線図からC-0.5Mo鋼の曲線を削除した(1990年版API 941)。したがって、現在ではC-0.5Mo鋼と炭素鋼とは同じ扱いになっている。日本においてもC-0.5Mo鋼製機器・配管の安全域での損傷が起きているが、その実態は石油学会が1988~1990年に行ったアンケート調査の結果でよく分かる(石油学会装置部会:C-0.5Mo鋼の水素侵食に関するアンケート調査報告書、石油学会、1990.3)。
対策 C-0.5Mo鋼機器を高温高圧水素ガス雰囲気中で使用している場合は、超音波検査など部材の内部欠陥を発見できる検査方法を用いた点検・保守を行うことが必要である。また、C-0.5Mo鋼の欠陥を溶接補修する際、PWHTを省くために309系などのオーステナイト鋼溶接棒を用いることは広く行われているが、対象の機器・配管が高温高圧水素ガス雰囲気中で使用される場合は、メンテナンス時の検査方法を十分に検討し、担当者に徹底しておくことが必要である。水素侵食の可能性がある圧力容器の検査に適用するために、超音波を用いる様々な方法が開発されている。
知識化 材料の選定にあたって用いられている基準の中には、Nelson線図のように過去の使用実績に準拠して作成されているものが多々ある(特に、応力腐食割れ、水素脆化などの環境脆化割れに関するもの)。これらに対しては、設計者・製作者・使用者とも情報のフォローを忘れてはならない。本件の水素侵食のように現象の進行速度が遅く、長年経過してから損傷に至るものは特に注意を要する。
後日談 事故発生当時までは、当該反応塔塔壁で異材溶接継手部の剥離割れが起きることの予測は難しかったと思われる。しかし、肉厚89mmに対して約30mm深さにまで及ぶ溶接補修を異材のオーステナイト鋼溶接棒を用いて行っていたのだから、条件は多少違っていても異材溶接剥離レポートの公表を受けて点検方法を一考すべきではなかったか。製作者から使用者に補修の存在が報告されていたのなら使用者が、報告されていなければ製作者が考えるべきであった。
本反応塔は使用開始から1971年まではほぼ毎年(1964年~1969年及び1971年)、定修時に触媒を抜き出して全内面溶接線の浸透探傷試験を行っていた。しかし、異常が認められなかったため、それ以降の事故発生までの9年間はこれを省略し、応力集中などの厳しいノズル取付け溶接線やノズル内面などに対する浸透探傷試験、磁粉探傷試験などを間欠的に行うにとどまっていた。もしこの内面溶接全線の検査を継続していれば、図8の剥離が内表面に到達した時点で発見できていたはずであり、その省略が惜しまれる。
シナリオ
主シナリオ 未知、未知の事象発生、高温高圧水素ガス中での異材溶接剥離、調査・検討の不足、事前検討不足、材料選定基準の過信、使用、保守・修理、検査方法不適切、破損、破壊・損傷、異材継手部の剥離、C-0.5Mo鋼の水素侵食、破損、大規模破損、反応塔破裂、脱硫装置の部分的倒壊
情報源 (1)高圧ガス保安協会:出光興産(株)徳山製油所第二接触水添脱硫装置反応塔事故調査報告書(1980.8)
(2)河村・松村:安全工学, 21, 101 (1982)
物的被害 水添脱硫装置の甚大な損害
マルチメディアファイル 図2.接触水添脱硫装置フローシート
図3.反応塔・触媒充填構造図
図4.接触水添脱硫装置気密テスト実施範囲
図5.気密試験時の圧力推移
図6.破片地図
図7.割れ開始箇所(図6のa点)のスケッチ
図8.割れ開始箇所の構成
図9.シャルピー衝撃試験における吸収エネルギー、脆性破面率の例
図10.破片の母材部から採取した試験片のシャルピー衝撃試験結果
分野 材料
データ作成者 篠原 孝順 (元東洋エンジニアリング(株))
小林 英男 (東京工業大学)