失敗事例

事例名称 浜岡原子力発電所1号機のインコアモニタハウジングの応力腐食割れ
代表図
事例発生日付 1988年09月17日
事例発生地 静岡県小笠郡浜岡町佐倉5561
事例発生場所 中部電力株式会社浜岡原子力発電所1号機
機器 インコアモニタハウジング
事例概要 定期検査中に、インコアモニタハウジング1本の原子炉圧力容器底部への取付け部付近に、わずかな水のにじみがあるのが発見された。
応力腐食割れがハウジングを貫通したのが漏洩の原因であり、対策を施した。
事象 定期検査中に、原子炉圧力容器内に水圧をかけて各部の点検を実施したところ、インコアモニタハウジング1本の原子炉圧力容器底部への取付け部付近に、わずかな水のにじみがあるのが発見された。
調査の結果、ハウジングの内表面で軸方向に長さ約13 mmのき裂があり、取付け溶接部より下方で、ハウジングを貫通していた。き裂は、形状等から応力腐食割れと判断された。
対策として、ハウジングを拡管するとともに、スリーブ(さや管)を取り付けることとした。
なお、他のハウジング全数についても点検調査を行った結果、いずれも健全であることが判明した。
経過 インコアモニタハウジングの調査結果を、以下に示す。
○ 漏れた箇所を特定するための調査
ハウジングについて、ヘリウムリークテストとエアバブルテストを実施した結果、取付け部より下方に、ハウジングを貫通している欠陥があることが判明した。
○ 欠陥の調査
ハウジングについて、ファイバースコープによる内面目視検査、渦流探傷試験および超音波探傷試験を実施した結果、内表面で軸方向に長さ約13 mmのき裂が認められるとともに、き裂はハウジング内面から進展し、取付け溶接部より下方の外表面に貫通したものであることが判明した。
○ き裂の特徴の調査
ハウジング内表面における金属組織の表面状況調査を実施した結果、き裂は結晶粒界に沿って枝分れがみられること、金属組織が鋭敏化していること、き裂は鋭敏化域内で止まっていることなどから、き裂は応力腐食割れ(SCC)で、特に粒界応力腐食割れ(IGSCC)と判断された。
○ その他の損傷要因の調査
念のため応力腐食割れ以外の損傷要因について検討した結果、疲労等の要因については、いずれも原因とは考えられないと判断された。
原因究明の結果を、以下に示す。応力腐食割れは、材料の鋭敏化、引張応力の存在および環境条件の3つの要因が重なった場合に発生することが知られている。3つの要因について以下の検討を行った結果、溶接入熱が大きい場合には、応力腐食割れ発生の可能性が大きくなることが確認された。
○ 材料の鋭敏化
ハウジング材料(オーステナイト系ステンレス鋼SUS304)の鋭敏化と溶接条件の関係についてモックアップ試験を実施した結果、通常より溶接入熱が大きくなれば、ハウジングと同じような鋭敏化の様相を呈することが確認された。
○ 引張応力
ハウジング取付け溶接部内面の応力について評価した結果、当該部には溶接による引張残留応力(周方向)があり、運転中の圧縮応力による低減を考慮しても、なお引張応力が残存している。また、溶接入熱が大きい場合には、引張残留応力が比較的大きくなることが判明した。
○ 環境条件
ハウジング内の環境条件を調査した結果、運転中の溶存酸素濃度は、応力腐食割れが発生し得るレベルで推移していたことが判明した。
原因 インコアモニタハウジングを原子炉圧力容器へ取付ける際、比較的大きな溶接入熱で溶接したため、ハウジング内表面が鋭敏化するとともに、比較的大きな引張残留応力が生じ、溶存酸素を含む高温水中で応力腐食割れが発生し、進展したものと推定される。
対処 対策として、インコアモニタハウジングを拡管するとともに、き裂部位にはスリーブ(さや管)を取付けることとした。当該ハウジング以外のハウジング全数(29本)について、内面目視検査と渦流探傷試験によって調査した結果、いずれも健全であることが判明した。
ハウジングの応力腐食割れは、定期検査中に発見された。仮に運転中に漏洩が生じたとしても、漏洩量が少ない段階で検知し、原子炉の運転停止などの適切な措置をとることが可能である。応力腐食割れの進展速度は緩やかで、き裂は軸方向であり、材料の破壊靭性が高いことから、ハウジングが全周にわたって破断することはない。したがって、ハウジングの応力腐食割れと軽微な漏洩が、安全上重大な事象に発展する恐れはない。
ハウジングの応力腐食割れの事例は他になく、また、安全上重大な事象に発展する恐れもないので、他プラントにおいて新たに特別な措置を構ずる必要はないと考えられる。しかし、念のため、ハウジングの材料を溶接工法が類似の下記の8プラントについて、今後の定期検査の時期を利用して、ハウジングの全数の点検を、逐次計画的に実施していくことにした。
・ 東海第二発電所
・ 敦賀発電所1号機
・ 福島第一原子力発電所1号機
・ 福島第一原子力発電所2号機
・ 福島第一原子力発電所3号機
・ 福島第一原子力発電所4号機
・ 福島第一原子力発電所5号機
・ 島根原子力発電所1号機
なお、浜岡原子力発電所2号機では、ハウジングの溶接部形状と溶接工法(水冷溶接の採用)が変更され、さらに浜岡原子力発電所3号機では、ハウジングの材料がSUS316LCに変更されている。他プラントも同様である。
対策 インコアモニタハウジングの原子炉圧力容器底部への取付け溶接に際して、溶接入熱が大きかったため、ハウジングの内表面が鋭敏化し、引張残留応力と溶存酸素を含む高温水環境の共同作用で、応力腐食割れが発生し、軽微な漏洩に至った。現地溶接施行に関する詳細な施行手順と管理要領を定める必要がある。
知識化 「現地溶接施行」
よもやま話 ○ 後日談
浜岡原子力発電所1号機は、後日(2001年11月9日)、同じ原子炉圧力容器底部の制御棒駆動機構取付け溶接部の応力腐食割れを経験することになる。
○ インコアモニタハウジング
沸騰水型原子炉圧力容器の内部には、中性子の数を測定するための検出器(インコアモニタ)が多数設置されている。インコアモニタハウジングは、これらの検出器を収めている管で、原子炉圧力容器底部に取付けられている。
○ 応力腐食割れ
腐食は活性環境中で、金属材料の表面を陽極として局所的な電池が形成され、表面が溶解する現象である。応力を一定に保持する場合、特に引張応力との共同作用で、陽極溶解が局所的に生じてき裂が発生し、さらにき裂先端の陽極溶解によってき裂が進展する。これを応力腐食割れ(SCC、Stress Corrosion Cracking)という。応力腐食割れは特定の環境と材料の組合せのもとで生ずる。類似の現象に水素誘起割れ(HIC、Hydrogen Induced Cracking)がある。これは材料内部の水素がき裂先端近傍に拡散し、き裂進展を助長する現象であり、遅れ破壊ともいう。陽極溶解によって必らず水素が発生するから、実際の現象では、応力腐食割れ(陽極溶解)と水素誘起割れの両者が関与している。両者を区別せずに、応力腐食割れというのが一般的である。応力腐食割れは、結晶粒界を径路として発生、進展する場合が多い。
原子力分野では、応力腐食割れをメカニズムに基づき細分化し、略称で表示する。以下にそれらを示す。
・ 粒界応力腐食割れ(IGSCC、Inter-Granular Stress Corrosion Cracking)
  粒界に沿って進展する割れ
・ 粒内応力腐食割れ(TGSCC、Trans-Granular Stress Corrosion Cracking)
  すべり面に沿って進展する割れ
・ 外部塩素による応力腐食割れ(ECSCC、External Chloride Stress Corrosion Cracking)
  塩素を含有する保温材または海水などの外部の塩素の影響による割れ
・ 一次冷却水による応力腐食割れ(PWSCC、Primary Water Stress Corrosion Cracking)
  原子炉一次冷却水の溶存酸素濃度、PHおよび温度が材料の割れ感受性の高い範囲にあることによる割れ
○ 渦流探傷試験
交流電流を流したコイルを金属に近付けると、渦電流が発生する。渦流探傷試験(ET , Eddy Current Test)とは、金属表面に欠陥がある場合には渦電流が変化する性質を利用して、欠陥の有無、大きさ等を調べる試験である。
○ 超音波探傷試験
超音波が金属内部を伝播する場合、欠陥等がある部分で超音波は反射する性質がある。超音波探傷試験(UT ,Ultra Sonic Test)とは、この性質を利用して、反射波の強さと発生位置を測定することによって、欠陥の大きさ等を測定する試験である。
○ モックアップ試験
実物と同じ材料・形状の試験体を用いる試験で、この調査では、溶接条件を種々変えた場合に、インコアモニタハウジングの金属組織と残留応力が、どのように変化するかについて調査した。
○ 拡管工法
拡管工法は、インコアモニタハウジングをマンドレルという専用の工具を使ってハウジング内側から全周にわたって押し広げ、原子炉圧力容器に圧着させる工法である。今回の場合は、ハウジングのき裂部位より下方で拡管を2箇所行うこととした。
○ スリーブ工法
スリーブ工法は、インコアモニタハウジングより直径がわずかに小さいステンレス鋼製のスリーブ(さや管)を、き裂部位をおおうように取付ける工法である。今回の場合は、スリーブの上下各2箇所で全周にわたってハウジング内面に溶接することとした。
シナリオ
主シナリオ 誤判断、状況に対する誤判断、無知、知識不足、認識不足、思い込み、製作、ハード製作、機械・機器の製造、ハウジング、取付け溶接、溶接入力過大、材料の鋭敏化、引張残留応力、使用、運転・使用、機械の運転・操縦、高温水環境、破損、破壊・損傷、応力腐食割れ、肉厚貫通、漏洩
情報源 (1) 浜岡原子力発電所1号機 インコアモニタハウジングの損傷について、中部電力株式会社、平成元年4月
(2)中部電力(株)浜岡原子力発電所 1号機のインコアモニタハウジングの損傷について、(財)原子力工学試験センター、原子力発電安全情報センター、平成元年4月
死者数 0
負傷者数 0
マルチメディアファイル 図1.インコアモニタハウジング概略図
図2.インコアモニタハウジングのき裂形状
図3.インコアモニタハウジング対策概略図
分野 材料
データ作成者 小林 英男 (東京工業大学)