失敗事例

事例名称 対応ミスによる航空機貨物室内での危険性物質の流出
代表図
事例発生日付 1998年10月28日
事例発生地 米国メンフィス空港およびシアトル空港
事例発生場所 航空機貨物室
事例概要 1998年10月28日午前中、米国フロリダ州オーランド発 テネシー州メンフィス行きA航空B便で、濃度35%の過酸化水素水約7.57リットル(酸化剤)が、貨物室内のアイスボックスから漏れ、郵便物や他乗客の荷物に被害を与えた。問題のアイスボックスには表示がなかったため、合計14名の係員が汚染物質に接触し手当てを受けた。乗客の中からは被害者はでなかったが、汚染された荷物が他便に搭載されてしまい、到着空港シアトルで貨物室内を開けた際、煙が発生していた。過酸化水素水は燃焼作用を起こす恐れがあるので、運輸省下では危険物の取り扱いになっており、飛行機での運搬には表示と特別な梱包が必要。チェックインの際、持ち主が申告しなかったことが主な事故原因。対策として危険物に対するガイドラインが見直された。
事象 1998年10月28日、メンフィス空港にてA航空B便貨物室搭載のアイスボックスから過酸化水素水が漏れたため、郵便物および他乗客の荷物が汚染された。アイスボックス自体には何も表示がなかったため、係員は荷物に触れてしまい、手に異変が生じた。アイスボックスは回収されたが、ぬれた荷物(2個)が乗り継ぎでシアトル空港へ運ばれてしまい、貨物室で煙が発生した。シアトル空港の手荷物取出係員は手袋をしていたが、過酸化水素水が発火している場合を考慮にいれていなかったため煙を吸ってしまった。
経過 1998年10月28日、A航空B便がメンフィス空港に到着後、午前7時30分から7時45分の間、2人のA航空ランプ係員が貨物室に入り、荷物の取り出しにかかった。2人の係員はアイスボックスから透明な液体が漏れ、床に広がり、他の荷物がぬれてしまっているのを発見した。が、魚をアイスボックスに入れて運ぶ客は少なくないので、その液体は水だと思い、ぬれた荷物や郵便物に直接触れてしまった。荷物の取り出しが終了してから10分後、係員は手に痛みを感じ始め、手の色も白く変色してきた。係員は例のアイスボックス内に危険物質が搭載されていたのではないかと気づき、すぐに空港ターミナルに連絡したため、汚染された荷物は乗客の手にわたることはなかった。が、問題のアイスボックスと汚染された2つの荷物は乗り継ぎでシアトル行き7便に搭載されてしまった。機長は危険物質が7便に搭載された恐れがあると報告を受けたが、結局アイスボックスのみ取り除いただけで、あとは大丈夫だと判断し、スケジュール通りシアトルに向かった。メンフィス空港職員が問題のアイスボックスを調べたところ、中には、「警告:可燃性」という表示とともに「過酸化水素」と手書きで書かれたプラスティック容器が2本が入っていた。この容器は2本とも割れていた。溶液に触れた係員は空港内クリニックまたは空港近くの病院で手当てを受けた。メンフィス空港のA航空職員は7便機長およびシアトル空港に、過酸化水素に汚染された荷物が貨物室に搭載されている恐れがあることを連絡したが、可燃性物質であることは報告しなかった。同便がシアトルに到着した際、係員は手袋を着用していたが、誰も火災の発生を想定しておらず、何の対処もしていなかった。荷物取出係員が貨物室に入ったとき、タバコの火のような煙が発生していた。よく見ると、2つの荷物が焼け焦げ、そこから煙が発生していた。すぐに消防隊がかけつけ、水をかけたことで大きな火災は免れたが、煙を吸った係員は病院に行って手当てを受けた。
原因 米国国家運輸安全委員会は、事故の原因を、危険物質を申請することもなく、正しく梱包しなかった乗客に責任があると結論付けた。また、メンフィス空港で、アイスボックスの中味を確認せずに7便を出発させてしまったこと、いくつかの荷物が汚染されているという事実があるにもかかわらず7便から取り除かなかったこと、シアトル空港に可燃性物質であることを伝えなかったことも、要因のひとつであると指摘。
対処 メンフィス空港では、11人の従業員が空港内クリニックで、2人の従業員が空港近くの病院で洗浄などの手当てを受けた。シアトル空港では、2つの荷物から煙が発生したため、その煙を吸った従業員1名が病院で手当てを受けた。
対策 米国連邦航空局に対し、過酸化水素など危険物の発見に努めるよう勧告。必要に応じ、係員は、危険物の漏れはないか、規定に従っているか、チェックする。危険物は貨物室内において他の荷物とは隔離する。危険物が機内で漏れている可能性がある場合は、その旨、危険性、対処方法を機長に報告する。A航空に対し、危険物取り扱い・漏れを含む緊急事態の対処方法を見直すよう勧告。危険物および汚染された荷物の隔離徹底。危険物が漏れた場合の従業員トレーニング。製品安全委員会に対し、過酸化水素について、有機物質(紙、繊維、綿、皮等)上で乾燥すると発火する恐れがあることを表示するよう勧告。
知識化 すべての可能性を考慮して対処する。今回の事故は、過酸化水素水の漏れから火災が発生してしまった。ひとつの事故の対処が十分でなかったために、他の事故を誘発してしまった。事故の連鎖を防ぐためにも、最初の事故の対処をきちんとする必要がある。
背景 問題のアイスボックスの所有者は看護婦であった。彼女はA航空B便出発のわずか30分前(午前6時)にA航空カウンターに到着し、過酸化水素水入りのアイスボックスを他の6つの荷物とともにチェックインしようとした。係員がアイスボックスを開けるように指示すると、時間がないことと荷物の超過料金を払いたくないことを理由に拒否した。A航空の規定では預かり手荷物は2個までと限定されているため、それを超える場合は通常、超過料金を払わなければならない。係員が危険物の有無を確認すると、搭載していないと答えた。結局、彼女は20ドルをチップとして当係員に渡し、過酸化水素水だと申告することなく、アイスボックスを含む7つの手荷物を預けた。彼女の話では、チェックインする前に蓋がしまっていることと、きちんと固定されていることを自分でチェックしたという。
後日談 2002年に改訂された多摩化学工業株式会社の化学物質安全データシートを参考にすると、過酸化水素水(濃度35%)の場合、「蒸気は眼及び気道を強く刺激し、液体に触れると皮膚に痛みを感じ、表皮に白斑を生じる。目に入ると失明の恐れがある。被災者を直ちに空気の新鮮な場所に移動させる。呼吸が止まっている場合は、衣類を緩め呼吸気道を確保した上で人工呼吸を行う。呼吸していて嘔吐がある場合は、頭を横向きにする」との記載がある。このように過酸化水素は非常に危険な物質なのだが、その危険度はあまり知られていないようだ。ちなみに1988年2月3日、ナッシュビル行きB航空C型が過酸化水素水が漏れたため、飛行中貨物室が突然炎上するという事故が過去にもあった。客室は灼熱と化したが何とか緊急着陸に間に合い全員が無事に帰還した。日本でも 1999年10月29日、東京都港区南麻布2丁目の首都高速道路2号線上り線で、過酸化水素が流出したため走行中のタンクローリーが爆発するという事故が起きている。
よもやま話 日本では漂白の目的でうどんなどの食料に過酸化水素が使用されている。そのことが最近話題になり、国民の間ではしばらくうどん離れの傾向が続いた。
データベース登録の
動機
小さな見落としが大事故に発展する可能性のある事例だったので選択した。
シナリオ
主シナリオ 不注意、注意・用心不足、取り扱い不適、誤判断、状況に対する誤判断、定常操作、誤操作、人為的条件変化、使用、輸送・貯蔵、過酸化水素水、身体的被害、人損、二次災害、損壊、漏洩、汚染
情報源 http://www.ntsb.gov/publictn/2000/HZB0001.htm
http://www.tama-chem.co.jp/pdf/msds/TAMAPURE-AA_H2O2.pdf
死者数 0
負傷者数 14
物的被害 郵便物、乗客の荷物。
全経済損失 40,000米ドル(郵便物および乗客の荷物等物的被害、治療費、飛行機遅延、消火活動費等含む)
社会への影響 過酸化水素の危険性を改めて認識したと同時に、航空会社の対応に不安を覚えた。
分野 機械
データ作成者 エツタイノ (SYDROSE LP)
中尾政之 (東京大学工学部附属総合試験所総合研究プロジェクト・連携工学プロジェクト)